遠隔在宅緊急医療支援システム

        東京医科歯科大学 若松秀俊

 

地域福祉支援システム

1人暮らしのひとのために

独居老人患者を対象にした支援システム

−患者が医者と一体である安心感−

誰にも助けを求められない状況にあるとき,

自らの救命を行い

遠隔通信で医師の直接援助と医療の要請を可能にする

 

双方向通信・遠隔操作による

緊急在宅医療支援システムの特徴

1 自らの救急救命(生命保持)

2 医師への自動連絡と救護要請

3 遠隔制御による視診:顔色,肌色

4 遠隔触診・遠隔聴診

5 遠隔操作と遠隔力覚による

  体温の測定, 心肺機能の診断

6 遠隔操作による薬剤・酸素の調整

7 介護者・看護者の派遣要請

8 車椅子での外出

移動体中の患者の介護

 

1. 遠隔医療とは

遠隔医療と聞いたとき、我々は「どんな手段で何を行うこと」を連想するのであろうか。おそらく、昨今マスコミなどで騒がれているような、IT(情報技術)を用いて遠く離れた患者の診断を専門家にして貰えること。または、医療従事者が互いにデータをやりとりして、難しい診断をより正確にすることであろうか。これらについては、通信情報技術が進歩して当然の成り行きとして可能となったのであり、それ自体誤りではなく、喜ばしいことである。

しかし、医療を享受する立場から言えば、どうも少し違うのではないか。何となくしっくり来ない。

どうしてか、それはそこに患者の顔と真の要望が見えないからなのである。本当にこうした遠隔医療が必要なのは生命に関わる緊急時で、しかも助けてくれる人が傍らにいない場合である。誰かが居れば何とか医療機関に連絡なり手配してもらえる。もしも、緊急でなければ医療は通常の設備の整った医療機関を選び別枠で行えばよい。ところが突発的な急病で特に生命の危険を伴う状況になれば、医師を即座に呼びだし、「自分のためにだけ」、当面優先的にいろいろと救命措置を施して欲しいと思うはずである。一見、これは患者の身勝手のようであるが、実は医療の原点はここにあると見ている。勿論、医師個人に対して、これをすべて求めるものではない。このことは患者が医師総体に求めているのであって、誤解のないようにお願いしたい。急を要さないけがや病気については、設備が時には十分ではないこともあるが、通常は幸いなことに一応の対応ができるし、医療はそのような歴史的発展の道を歩んできた。

 

2.現状と問題不足点

最近は、テレビカメラによる画像伝送、部屋や玄関の開閉などの情報を用いて、該当する異常の発見やペンダントに組み込まれた発信装置などによる緊急通報システムが、周知のように、実用化され世に出ている。このようなシステムが成り立つのも、この種のことが誰からも望まれているからであろう。これらの遠隔通報システムは、ごく自然な形で享受者の異常事態発見と通報のために構築されたものであり、一応は患者の立場に立ってシステムが構成されていると言える。しかし、この様な方法では、受益者の行動の監視とはいわなくとも、何らかの形で少なくとも「動きの計測」がなされている。

たとえばテレビ電話を用いて、患者の状況を尋ねては、患者のために意志疎通をはかっているといったことが、医療従事者からはよく語られる。しかし、よく考えてみれば、医者というのは本来、日常的には、その個人にとって「邪魔」な存在である。つまり、健康なときには自分の目の前に「いない」のが望ましい。それゆえ、普段は目の前から「消えて」くれて、意識されないのが最もよい筈である。たえず、自分の周りにいては、自分の動きが監視されているという意識が働き、そうでないとしてくとも決して心地よいものではないからである。

ところで、一分一秒を争うような生命維持に関わるの緊急の場合はどうであろうか。生命に関わる緊急時こそ患者の立場からいえば、すぐに何とかして欲しいはずである。もちろん、世の中にはネットワーク機能により緊急の場合の通報が行われ、短時間で救急要員がの駆けつけることのできる体制も整っており、これ自体はうれしいことである。

だが、救護辿り着くが駆けつけるまでの間の患者の苦しみと不安を救う方法、すなわち生命維持を積極的に支援する方法を考える必要があろう。緊急時に医療で最も重大要なことは、周知のごとく呼吸・循環の異常である。今しがたまで、元気電気だった人でも、どちらかに障害が発生すれば生命の危険にさらされる。それならば、これを積極的に補助する方法がないかどうか真剣に検討してみる必要があるだろう。

実は、その方法がある。昨今、もてはやされている通信回線と我々が開発した我らが呼吸補助装置を利用することである。これまで、小生らは研究室内で長年、在宅老人の介護と人工呼吸の自動化の研究を行ってきいた。もちろん最初は通常の臨床用にそのような装置を開発してきた。これがこうした呼吸・循環補助呼吸・循環補助装置の開発と救急医療システム構築研究の発端である。

 

3. 在宅補助装置の開発と緊急活用

加齢とともに呼吸器系の疾患が増加する。在宅で治療を受ける老人は急増している。インフルエンザの流行時には、老人のための在宅用補助呼吸器呼吸装置が不足した。本研究室で開発したこの装置を小型化し、家庭用にまたは外出用にといろいろ考えているうちに、この装置に搭載しているコンピュータを用いて何か通信回線で何かモニタリングと制御が出来ないかどうかを考えて実験システムを構成してみた。呼吸循環系は多くの場合連動してアドレニン系の薬品で一時的に機能亢進が可能である。もちろん症状によって処方する薬品はことなるが噴霧による吸入を旨とする。すなわち患者が苦しいとき、マスクを装着によるマスク内圧力変化を検知して、コンピュータを作動させ、噴霧吸入により一時的に苦痛を和らげ, 命の支援を行うことができる。意識が正常なら、備え付けのマイクで自ら、医療の応援や相談をすればよい。意識を失ってもマスクの装着が離れないような形と仕掛けにより、「その患者に標準的な薬剤」の吸入が行われる。持病が事前に知られていることが多いから医師の処方を事前に仰ぎ、医師法に違反しないような形で薬品を与える。その後はコンピュータの制御により、地域で契約した医師のもとに自動発信し、音声アラームで呼び出した医師の遠隔操作により薬剤量を調節する。ところで、音声アラームは画像アラームに比べてすぐれている。緊急時は音声が最も効果がある。これのことは原子力施設の事故やデパートの火事の避難誘導で、以前著者が提言したことがある。呼び出された医師は先ず画像により患者の様子をみる。このとき、同時に本研究者らが開発したバーチャルリアリティを用いた遠隔操作技術により、触診に替わって非接触の方法により呼吸音・心音さらに体温を測定する。患者の状況を見た医師は遠隔操作により吸気量、酸素量さらに薬剤等の流量を調節できる。これで間に合わないようであれば、地域で契約してある介護者や看護婦に訪問を依頼し、どうしても医師が必要なら自ら患者の許に赴く。

 

こうしたことは車椅子にこの装置取り付けた場合にも同様に可能である。これはコンピュータのソフトウェアとの一体化、すなわちファームウェア化と呼吸循環装置の小型化・多機能化および無線通信により可能である。要はハイテクを用いて、医療は十分ではなくとも、何となく安心感のあった「地域一体型」の「30年前の医療」を実現することにある。とにかく、患者が望むことは緊急時にあって、「自分が助かる。助けて貰える。」という確信による安心感にある。さて、現状を見てみよう。一般家庭ではISDNが使われている。しかし、残念ながらこれでは通信容量も速度も十分ではない。ADSLについても同様である。しかるにしながら、この情報通信分野では確立された最新技術の実用化と一般化には、さほど時間を要さない。したがって、現状でも例えば独居老人患者を対象にした支援システムが性能は不十分でも実現できるし、順に拡充すれば将来の十分に整った環境では大きな発展が確実に期待できる望める。

4.システム構成に必要なもの

長寿社会が進行するの中で、地域の福祉の一環として一人暮らしのために少しでも役立つシステムが実現できれば喜ばしいことである。その場合の重要なポイントは「患者と医師の一体感」である。誰にも助けを求められない状況にあるとき,自らの救命を行い、遠隔通信で医師の直接援助と医療の要請が可能なこと。誰にも知られず、一人で居るとき、急を要する危機に落ち入った場合に真に役立つことである。誰かが傍らにいる場合には、少なくとも救護の手が差し延べられるので、その場合にはゆっくりと病院なり医師のもとに行くに駆け行く込むようなめば、十分に緩やかな通信医療支援システムを実現すればよい。これを総合的に概念図で表すとそのシステム構造がよくわかる。ところで、こうした システムを地域単位で稼働させるには経済性が重要で、行政との密接な関係が不可欠である。特別なインフラが必要なのかどうかがシステムの実現性にとって決定的要因にもなり得るからである。

ここではシステム構成にどんなものが必要か考えてみる。まず、患者側では補助呼吸装置が必要である。喘息など発作時には,通常の訪問看護に頼ることができない。本研究室では、これを想定して、マスクを口にあてがうだけで始動し,酸素や薬剤を混入した空気を自力で吸入できる、在宅医療のための操作性に優れた緊急用の補助呼吸装置をを開発した。このシステムは医師の経験と制御理論に基づいて、患者にとって楽な換気法で人工呼吸を行えるように設計してある。したがって,医師の特別な指示がなくとも誰にでも扱え、喘息発作を抑えるなど救急時の治療の効果が期待できるだけでなく、単独でも役立つ。次に不可欠なものは介護者・看護師・医師など医療従事者と患者を結ぶ通信回線である。このために、今、巷で話題の盛んなITとそのインフラを最大限利用する。これを用いて、鮮明な患者の画像や音声、バイタルサインの転送、逆に医師による患者への音声、画像調整の信号、酸素・薬品量の混合送気量の制御、体温、呼吸音・心音の遠隔計測と操作制御装置である。意識のない患者のマスク密着状態の検知信号の転送も重要である。このために、通信容量は180Mbps以上必要であろうが、技術レベルでは、すでに開発されている。

その他、診療記録、患者と医療従事者との契約関係、人員配置などの管理ソフトウェアが必要になる。将来はポータブル、ウェアラブルに移行できる通信機と一体化した操作が可能な専用パネル型を備えたポータブル、ウェアラブルに移行できるコンピュータの開発と補助呼吸器の小型化携帯型の補助呼吸装置の開発による「いつでも・どこでも」を目指す。

 

5. 研究室でのシステムの性能

現在のISDN回線を用いた場合に、の処理および画像転送時間を含む処理能力についての動作のあらましを述べよう。呼吸管理をの開始後、0.12秒で通報処理を行う。端末からの信号を受信した遠隔にいるの医師は、この間の通報と確認に計19.32秒間を要するだけである。このプロセスで通信回線を介して、医療の応援を自動的に要請できる。これは呼吸・循環に異常が生じ、患者が苦しみ出したら、直ぐに自分でマスクを顔面にあてがう。特殊な粘着物により顔面に十分な一粘着力で応張り付く。マスク内の圧力変化により、人工呼吸装置として始動するので、これで患者が楽になればそれでよい。この状況が自動的に契約した医師に自動的に通報・通信される。その後、想定される患者の失神時にもマスクが外れることなくず、この間のに適当な呼吸維持により、生命維持を支援できるする重肝要な機能を担う部分である。

アラームで呼び出された医師は、通常はオフィイスでこれを知り、患者の様子をみる。これより後は自動的に救命維持支援されていた患者の診察を行い、救急治療に介入する。将来は先に述べたの小型一体型装置を用いて、医師が外出中でも可能な方法も補助的に用いる。視診による診断で一応十分と判断できるなら、その旨と指示を患者に音声で伝える。次に、高感度指向性マイクによる呼吸音、心音の聴診と体温の非接触測定を行う。診断の結果、混合薬、酸素、空気量の制御を行える。これらの、呼吸補助装置の制御は現在の技術で十分に可能であり、救急患者用に小型化吸入器として携帯可能にしてあるた。したがって、在宅時の呼吸困難時の補助呼吸に有効であるだけでなく、 自動車への搭載運用も可能なので、旅行などのQOLの向上にも役立つ。むろん、現在の重量と大きさでも車椅子には搭載できるので患者の呼吸管理による行動範囲の拡大にも大いに寄与できる。視診については、色合わせ、拡大が可能な患者モニタリングのチェックのシステムを充実する。これらの機能は計測はチャネル数に依存するが、と誤り転送のチェックは極めて重要である。、その他、主治医非番時には、契約医師のうち空きと優先順位を決め、計画的に待機させる。このとき重要なのは診療記録である。主治医非番なら、契約している次席の医師に連絡し、一定時間以内に呼び出す。カルテ、診断記録は自動的に表示、標準的医療を行う。なお、医師が不在で緊急を要する場合、一般家庭はもちろん、例えば列車内、救急車内での救急用として、また、他に緊急手だてのない、飛行機内などで用いることができる。そのため、性能の向上と持ち運びの便利便性を目指して,さらなる小型化・軽量化が肝要である。

以上、研究室で開発したプロトタイプシステムである。これについては国際遠隔医療会議(20003月トゥールーズ)での発表や論文で公表してある。国内外のITの総合技術をと長寿社会でのにあっての医療福祉にを行政機関期間と共に、地域単位で活用できるような、実用化に向けての総合的な行い得る、実用化が取り組みが望まれる。研究開発課題成果であると確信している。