研究の歴史

 

 本研究は1988(昭和63)年福井大学電子工学科計測工学講座で開始したものである。その内容は眼球運動の適応的特性に基礎をおいて、経験によって構成された脳内部の空間マップを規範モデルにして、前庭動眼球反射の適応特性を説明し、逆転プリズムや神経障害時の適応の期間を解析したことである。この結果をもとに、単眼ロボットを構築し、滑動性、衝動性と前庭動眼反射を工学的に模擬することに成功した。これらは、同講座の山森、小島、田埜、須田、桑野ら五氏の19891992年までの研究に負うところが大である。研究室が東京医科歯科大学に移り眼球運動制御モデルを生理学機能と解剖学的構造を忠実に対応させる研究に着手した眼球の運動特性を理論的解析のために、解剖学的構造と生理学機能を忠実に対応する数学モデルを構築する研究を始め、眼球運動特性を理論的に解析した。

 眼球運動神経系には様々な生理目的のために複雑な信号と神経経路が混在しているので、そのすべてを同時に解析することは不可能である。しかしながら生理学や解剖学において確認されている信号や神経経路およびその機能の中から本質的な事実のみを選択し、モデル化し、そこに一切の仮説を排除した。このようなモデルは完全なる構造と生理特性を備えてはいないが、その簡明さゆえに生物神経系に存在する基本原理が確認できた。

 

モデルの構築に用いた眼球運動制御の基本神経経路

(小脳と丘脳を除いて表記した)

 

 具体的には単眼運動制御機構に着手し、滑動性運動、視機性反射、前庭動眼反射などの運動の相互関係や運動原理を動特性と周波数特性の分析を行った。この研究により、従来の研究で分断的に検討されてきた上記の眼球運動が三半規管や網膜からの異なる入力信号による異なる運動特性であること、そしてそれらの運動を統一的眼運動制御システムで扱うなかで入力信号の異なる周波数範囲で個々の運動を特徴づけることを結論づけた。さらに、これまで神経生理学で眼球運動に影響しないとされた眼筋の伸張受容体から小脳への神経経路は小脳学習に必要不可欠であることもシステム的観点から説明できた。本研究を基礎に、未だ工学的に実現されていなかった共役性と輻輳性を同時に実現できる両眼運動制御システムモデルを構築し、これと同じシステム構造をもつ両眼視軸制御装置を開発した。この視軸制御装置は人間の眼球運動が有する本質的特徴を備え、これを用いて輻輳運動による飛来物の速度推定や、頭部の運動の影響を補償することによる安定画像の把握を可能とし、また両眼運動による唯一視標の注視および補足能力をも実現できた。これを応用したことにより、二つの撮像が常に注視点を中心とする対称画像になり、三次元画像認識に必要な画像の対応点が得やすく、アナログ的両眼立体視や速度計測を実現した。

 なお本研究の医学領域への応用が眼球運動パターンを用いた局所診断であった。この研究は遠心力が生体の加速度センサである前庭器に及ぼす影響と頭部、眼球及び前庭器三者間に設定した適確な座標系により頭部運動と眼球運動の相互関係の明確な表現を基にして、眼球運動神経経路が損傷を受けたときの影響を解析し、眼球運動パターンから神経疾患の局在診断の可能性を検討したものである。

 なお、この概念は医学を仮説ではなく理論的に扱う、かねてより本研究室で追求してきた課題の一つである。

 

 

眼球を外側の電磁モータで動かす視軸制御実験装置

 

 

眼球運動神経システムモデルと同じ制御システム

構造を持つロボットの「眼」